日本・世界の自転車と街
旅や仕事・日常生活を通して、日本そして世界の自転車にまつわるトピックスを、
様々な分野で活躍するサイクリストが語ります。

2020年10月14日

精神科医サイクリストが山形・酒田の自然の中で感じる自転車のストレス軽減効果

ひとり自転車を漕ぎ続けている時間は、自分を見つめ直すよい機会だと言える。

大学時代に、中国・西安からイタリア・ローマまでのシルクロードを11カ月、オーストラリア大陸の端から端まで横断して6カ月過ごすなど、世界20カ国を自転車で旅してきた。旅のためにキャリアを中断したものの、それでも精神科医として20年近くになり、社会的責任があって現在は長期間の自転車旅は難しい。その中でも働いている山形県酒田市の山をMTBで走り回るなど、今でも自転車に乗ることが好きだ。日本海に面した酒田市。海岸沿いを自転車で走るのは気持ちよく、ゴールした後に眺める夕日も美しい。さらに、北部には標高2,236mの鳥海山がそびえ、山麓には最高のMTBフィールドが広がる。
月2回程度だが、休みにMTBに乗って林道に入り、峠を目指して走っていく。峠まで往復32kmのダート。雨の後などは荒れていて手強いが、それがまた楽しい。時には脇にそれてさらに奥のダブルトラックに入ることもある。
春先は雪道を押して上り(峠まで行くのは途中で断念・笑)、初夏には紫陽花を眺め、初冬には雪に残る動物の足跡に興味を覚えて写真に収める。四季それぞれの美しさをダイレクトに感じられるのが楽しい。今は雪道を走るためのファットバイクを構想中だ。

ペダルを漕いでいると、走っている自分を眺めている自分がどこかにいる感覚を生じる瞬間がある。自分自身を俯瞰するような感覚と言えばわかりやすいかもしれない。
医師として、病院の経営者として、多忙を極めるいま。その立場以外の自分を思い出すことが難しい生活の中で、自転車に乗ることで自分を見つめ直せる。誰とも話すことなく走る時、肩書きや年齢、名前すら忘れ、僕は僕でしかなくなる。

赤ん坊は最初、鏡の中の自分を見ても自分だと分からない。そこから、家族や周囲の人と相互的な関わり合いを持つことで、自身を認識していく。そして大人になると今度は「自分のことはもう十分知っている」という感覚に陥りがちになる。時には自分自身への関心を失ってしまう場合もある。外からのノイズがあまりに多いからだろう。
自転車で旅しているとたくさんの人と出会うが、その出会いは短時間で濃密なものが多い。一期一会の気持ちで接するから、脳にとってノイズではない。山でのライドはほぼ人と会わないが、自然と対話する心境で、感性が研ぎ澄まされて、必然的に自分を意識する。大人になってからも自転車に乗っていることで、出会いを通じて多くのことを学び、自分自身をさらに理解できるようになった。自身への関心が失せてしまうなんてことはない。

数年前、精神障害のため自立した生活を送れない人を支援するためのグループホームを作った。最初のうちは外へ出るのが怖いのか、部屋にこもりがちで過ごす人が、そのうち退屈(退屈を感じるのは精神的に健康な証拠だ)となり、自転車を買って外に出かけるようになる。すると身なりが変わる、靴を買い換える、人によっては化粧をして、日焼け止めを塗る。自転車を通じて外の世界と通じることで、内面にも外面にもよい影響を及ぼすのだ。

精神科医として、日々の仕事でストレスを抱えている人に自転車を薦めたい(ちなみに、私が自転車を薦める際には、適正空気圧まで入れることなどメンテナンスの重要性もしっかりアドバイスする・笑)。
遠方だけでなく近くの散歩程度でもいい。ドアを出た瞬間からワクワクするし、悩んでいた気持ちが軽くなって、新しい自分を発見できるかもしれない。

自転車は、人を新しい世界へと誘う最高の乗り物だ。

筆者プロフィール

小林和人/精神科医、医療法人山容会理事⻑

東京大学医学部医学科卒業(2000年)の精神科専門医。日本スポーツ精神医学会所属。趣味は自転車旅行で、2004〜 2005年にシルクロード1万km単独横断、2007〜2008年に オーストラリア6,500km横断を経験。現在も勤務地である山形県酒田市でMTBライドを趣味として楽しんでいる。